ー パロディ百人一首 ー

山小屋のひとり寝:「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の 長々し夜をひとりかも寝む」のストーリー

(3番)あしびきの山鳥の尾のしだり尾の 長々し夜をひとりかも寝む
 あのヤマドリの垂れ下がっている尾のように長い夜をひとり寂しく寝るのだろうか。


 一般的な解説では、この歌は長い夜に恋する人に逢えずに「ひとり寝」のさみしさを味わっている、というような解釈をされています。
 しかし、人が「ひとり寝」を憂う第一の理由は、「恋」などにあるのではなく、夜の〝闇〟の恐怖から自分を守りたいからでしょう。柿本人麻呂の時代(七世紀頃)には、人工的な灯りといえば屋外でのたき火程度のものだったので、月が出ていない夜はほとんどの場所がそれこそ鼻をつままれてもわからないほどの真っ暗闇であり、盗賊の襲撃や野生動物の脅威に絶えず脅えていました。この恐怖へのいちばんの対策は、夜間は集団で過ごし、できるだけ「ひとり寝」を避けることです。そういう意味で一般にこの歌は、「夜」そのものを憂いていた歌と考えるほうが自然であり、「さみしい恋愛感情」などという解釈は、夜間でも護衛兵に守られた一部の支配層に対してしかあてはまりません。
 時代が変わって、照明装置にあふれた現代の日本では、ふとしたきっかけから電気が通じていない山荘やテントで夜をむかえようとしているときに、古代人が感じた「ひとり寝」のつらさを味わい、この「山鳥の歌」を思い出す機会があるかもしれません。

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