平安時代の〝通い婚〟では、男性が夜、これはと思う女性のもとを訪れ、受け入れてもらえばさらに二日続けて通います。そして三日目の夜になれば、二人はめでたく結婚ということになります。しかし三日を経ずして相手に興味がなくなれば、その時点で訪問を打ち切るか、あるいは「もう来ないで」と言うことになります。これは、そのようにされた側からすれば、大変な屈辱となります。
この歌は、首尾よく意中の女性と一晩を過ごせたものの、夜明けになって別れる際に「もう来ないで」と三行半をつきつけられた男性の悲哀を詠んだものです。なまじ、この女性への期待感が膨らみつつあっただけに、その衝撃は実に強く、それ以来この男性は、毎日明け方を迎えるたびに、このときの衝撃が三九フラッシュバックしてきます。
さて、ここで取り上げた〝彼〟もそんな「患者」の一人です。ある日の明け方、彼女との別れ際になって、それまで楽しそうにしていた彼女の表情が一変し、そして彼女にこう言われました。「もう逢わないで」。それ以来、彼女のことを想って夜もろくに眠れないほど苦しみ、彼女のことをあきらめられずに、あろうことかその写真を後生大事に枕元に置き、毎朝じっとながめている始末です。
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