考える人 キューピット:「あはれともいふべき人は思ほえで 身のいたづらになりぬべきかな」のストーリー

(45番)あはれともいふべき人は思ほえで 身のいたづらになりぬべきかな
 自分のことをかわいそうだと言ってくれる人は思い浮かばない。はかない自分になってしまうのであろう。


 作者の藤原伊尹はかなりのプレーボーイだったとのことですから、もしかしたら、こんな歌を詠むことにより、さらに周りの女性の同情心をかきたてる意図があったのかもしれません。まあそのような不埒な意図の有無は別にして、ここでは、この歌を字句どおりに解釈することにします。
 ここに、ひとりのアスリート、たとえば長距離ランナーがいます。なぜこのような登場人物をもってきたかというと、このようにある種深刻な考えごとをしている人物のイメージとして思い浮かんだのが、あの有名な
ロダンの彫刻「考える人」のモデルであり、そして、長距離ランナー全般から感じられるストイックさ、まじめさの印象がこの人物像にぴったりであると思ったからです。
 〝彼〟は今、悩んでいます。「長いこと思い焦がれていたあの女に突然フラれてしまった。彼女もてっきり私に気があると思っていたのになぜだ。もうこれで私のことを慰めてくれる人は思い浮かばない。私の人生は、このままはかなく終わってしまうのか」
 しかし悲観することはありません。実はこの「悲劇」の原因は、いたずら好きのキューピットが彼の小指に結ばれた赤い糸の先を切ったことにあるのですから。

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