手紙を破る:「有馬山猪名の篠原風吹けば いでそよ人を忘れやはする」のストーリー

(58番)有馬山猪名の篠原風吹けば いでそよ人を忘れやはする
 有馬山の猪名の篠原に風が(そよそよと)吹いたら、その風に掛けたわけではないけれど、そうよ、あなたのことを忘れることがどうしてできるでしょうか。


 冒頭の「有馬山(兵庫県神戸市北区有馬町にある山)」は次の「猪名」を引き出すために使われているだけであり、別にこの歌が有馬山を舞台にしているわけではありません。さらに「猪名」をもってきたのは、「猪名の篠原」について言及したかったからであり、この篠原で「風がそよそよと吹く」ということで、結局は「風吹けば」までが「そよ」の一語を引き出すための序詞になっているのだそうです。技巧もここまでくると、行き過ぎの感が否めません。
 この歌のシチュエーションはこんな感じではないでしょうか。
 ここにある女性と男性がいて、以前このふたりは〝関係〟をもった時期があったのですが、男性に新たな恋人ができたのか、それとも単にこの女性に飽きたのかどうかわかりませんが、最近この男性からこの女性への連絡はほとんど途絶えていました。ある日、男性は、思い出したかのように女性に手紙を書きました。「私のことをお忘れなのですか」と。
 この手紙のあまりのとしらじらしさに、女性は怒って、これをまず破り捨ててから(これは私の勝手な想像)、そのあとで平静さを取り戻し、「よくもそのようなことを言うものね。私のことを忘れたのはあなたのほうでしょ」とやんわり返事を出しました。

0件のコメント

コメントを残す

Avatar placeholder

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です