平地では桜はもう散りかけていますが、高い山の上の桜はようやく咲きかけたところです。ですから今の時期、ふもとの里からは、美しいピンク色に染まったこの山の感動的な姿をながめることができます。しかし今まさに、下界近くの低い山に春霞が漂い始めました。しばらくすると、この山の姿もこの霞に覆い隠されてしまうかもしれません。
そんなとき、テキ屋稼業で旅を続けている一人の男がこの里に立ち寄りました。彼の名は「寅次郎」、通称〝寅さん〟と呼ばれています。彼もこの遠くにある美しい山の姿に見とれていますが、やはり立ち上りつつある霞の状況を危惧しています。
そんなとき彼には、その山のとなりに、彼の妹のさくらの幻影が見えてきたのです。寅さんはさっそくこの幻影に話かけました。
「さくら、元気でやっているようだな。おまえとこうしてもっと話していたいのだが、もうすぐおまえの姿も霞に覆われてみえなくなっちまいそうだなぁ。ちくしょう、なんとかしてくれよ、労働者諸君!」
(周囲の人たちがひそひそ話を始める)
「なにぃ、あいつ頭がいかれて、桜に向かって話しかけてるんじゃないかって、それを言っちゃおしまいよ」
0件のコメント