ー パロディ百人一首 ー (87番)村雨の露もまだひぬ槇の葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮 にわか雨の露もまだ乾いていない木々の葉に、霧が立ち上る秋の夕暮である。 同じ寂蓮の歌で秋の夕暮を詠ったものに、 さびしさはその色としもなかりけりまき立つ山の秋の夕暮 があります。いわゆる三夕(さんせき)の歌(新古今和歌集の中で「秋の夕暮」で終わる三首の歌)の一つですが、この歌と同じように「まき」のことをとりあげています。この「まき」とはスギやヒノキなどの木材になるような常緑樹で、もみじのように秋に葉が美しく染まることはありません。それをあえて、しみじみとした秋の美の対象として歌に詠んでいるところが、彼の真骨頂なのかもしれません。 ところでここに、「風流人」を自認するシマリスのユウくんがいます。秋ともなれば、冬眠に備えて木の実の採集に大忙しですが、しかし今まさに雨上がりの夕暮。日頃から寂蓮のこの歌のことが気になっていたユウくんは、いてもたってもいられません。 「ちょうどいい具合に雨上がりの夕暮どきだ。今こそこの歌の幽玄さを味わってみよう。おっと、おやつのドングリも忘れずに」 ユウくんはすぐに目の前にあるスギの木にのぼり、その途中で霧も立ち上ってきたことから、枝の上で寂蓮のいう「幽玄」なるものを十分に実感できました。こういうのを〝有言〟実行というのでしょう(笑い)。 0件のコメント コメントを残す コメントをキャンセルメールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です 名前* <必須> (Name* <mandatory>) メール <任意> (E-mail <option>) サイト <任意> (Website <option>) ご意見、ご感想をお願いします。(Your opinions or comments.) Δ
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